なぜこの本を読んだか
温泉のあり方について、温泉の消毒を仕事にしていた頃から問題を感じていました。
温泉が好きだからこそ、湧き出したままの新鮮な温泉に入りたい。
「源泉かけ流し=自然のままの状態」だから、衛生面では大いにリスクがあります。
それでもなお、伝統的に湧き出してきたそのままのお湯に浸かると言う、
いわば温泉文化のようなものが日本には存在していました。
それがレジオネラ症という問題によって崩壊の危機を迎えました。
衛生面の確保という観点からは、温泉を消毒することは必要だと言えます。
そしてコストや運用しやすさ等の実用面から、塩素剤を使用することも理解できます。
しかし、温泉文化の継承や温泉の持つ本来の力が、塩素消毒によって削がれているとしたら…
(『生きている温泉とは何か』で温泉本来の力に言及しています)
このような危機感を持っていたために、塩素消毒に関して調べ始めました。
温泉の専門家と言われる人たちの中には、「源泉掛け流し原理主義」のような意見や、
「循環ろ過システム自体が悪」といった過激なものもあります。
温泉といった自然の恵みを扱うとなると、その影響範囲はほぼ無限に広くなるために、
何か一つに原因を求めるということが非常に困難となります。
そんな中で本書は、「元編集長」の人脈や豊富な旅行経験を生かし、
事実関係を調べたり温泉に関する研究者や専門家へのインタビューを行うことを通じて、
なるべく平等な視点でこれからの温泉のあり方を考え、提案していくという内容となります。
2015年に書かれた本ではありますが、色々な専門家の意見を取り入れた内容であることや
自然の温泉をじっくり堪能するために知っておくべきことが書かれているようだったので
じっくりと読み進めていこうと手に取りました(Kindleで電子書籍版を読みました)。
温泉のあり方
本書は、温泉施設の「レジオネラ問題」や「温泉偽装事件」などを契機として注目された、
温泉のあり方と本来の温泉の魅力について述べているものになります。
「温泉」というと観光的視点であったり、地質学的な視点、または医学的な視点といった、
温泉利用の専門家はたくさん存在します。
しかし「温泉」そのものの専門家は、実はそんなに多くないという事実に気がつきます。
温泉研究といっても様々なアプローチが存在していて、そのそれぞれの専門家がすなわち、
温泉の専門家でもある、という状態です。
そんな中で本書の存在が目立つのは、著者が温泉研究という立場ではなく旅行雑誌の編集長
として、温泉に関する情報を発信してきたという経歴を持っている点です。
実際に各地の温泉に入り身を以てその癒し力を体感してきたからこそ主張できる、
本当の温泉への愛情、思い入れが感じられる一冊です。
著者について
温泉を語るに値する人物なのかどうかを確認してみるため本書の著者紹介から引用すると、
飯塚玲児(いいづか・れいじ)
昭和41年9月20日生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業後、(株)旅行読売出版社に入社。月刊『旅行読売』編集部記者、情報版編集部・副編集長、季刊ムック『クチコミおでかけ旅情報』編集長、月刊『旅行読売』編集長を歴任した後、退職独立。現在、編集プロダクションLazyOffice代表。フォトグラファー、フリーライター、温泉入浴指導員、日本温泉地域学会会員、温泉ソムリエアンバサダーとして、旅行・温泉等をテーマとしたメディアを中心に活躍。著書に『みちのくの天才たち』(修成学園出版局)、『うつ…倒れる前のずる休み』(ブレーン出版・「飯富景昭」名義)。CSTV旅チャンネルの温泉番組『てくてく湯るり』で監修&声のレギュラー出演中。週刊メルマガ「『温泉失格』著者がホンネを明かす〜飯塚玲児の”一湯”両断!」も好評配信中。
-本書著者紹介より引用-
以上のような経歴をお持ちのようですが、専門的に研究等をしたという訳ではないようです。
しかし一般的な温泉ファンに比べれば、旅行雑誌の編集長や温泉入浴指導員、日本温泉地域学
会会員、温泉ソムリエアンバサダーという経験や団体への所属から、温泉知識は豊富にお持ち
のようだと判断できます。
本書はこのような背景をもつ著者が、温泉分野の専門家と称される人たちへのインタビューや
調査を行った結果をまとめた内容となります。
そのため、他の温泉に関する専門家が書いた書籍に比べて意見の偏りが少なく、事実をありの
ままに記述できているのではないかという印象を持ちます。
本書の構成
本書は、以下の5章と特別付録の構成となっています。
説明のために目次の一部のみ引用します。
第1章 源泉かけ流し原理主義が何をもたらしたか
第2章 源泉かけ流しとはそもそも何だ?
第3章 不潔な源泉かけ流し温泉の存在
第4章 安全な温泉とはどういうものか
第5章 だから温泉法は改正しなければならない
特別付録 ここは信じられる!安全名湯100軒-本書「目次」より一部引用-
本書ではまず、循環ろ過式の浴槽でレジオネラ属菌の集団感染に端を発する浴槽の衛生問題や
温泉の偽装(入浴剤投入、水道水利用による温泉偽装)などの問題点を挙げ、こうした問題が
発生する背景を丁寧に説明していきます。
その背景にある「源泉かけ流し原理主義」とも呼べるような、とにかく掛け流しにこだわる
過激な意見にも触れ、そもそも源泉かけ流しとは何なのかを紐解いていきます。
そして絶えず新鮮な湯が供給されている「源泉かけ流し」に塩素消毒は不要である、という
意見の妥当性を評価し、循環ろ過と源泉かけ流しのメリット・デメリットを明らかにします。
その上で、なぜ源泉かけ流しの温泉にまで塩素消毒が”指導”されるのか、塩素による温泉への
影響はどうなのか、また塩素による温泉の効能低下を防ぐ代替策はないのか、と言った解決策
の模索にも取り組んでいきます。
そして結論として、ほぼ規制が無いような「温泉法」を、現状の温泉利用に即した内容に改正
する必要性を主張していきます。
温泉法がザル法と揶揄されること、温泉法の他に行政指針(鉱泉分析法指針)があって温泉の定義が複雑化すること、
そして二重定義の他に「公衆浴場法」「旅館業法」という別の部署が担当している法律によって訳が分からなくなっていることが、
温泉の問題を複雑化させる元凶となっていると言います。
レジオネラ属菌への危機感と掛け流し安全神話
温浴施設における衛生管理の1つのテーマとして、レジオネラ属菌の発生抑止があります。
温泉水から検出限界以下(つまり検出されてはいけない)であることが求められる、非常に
厳しい基準となっています。
しかしこのレジオネラ属菌は土壌中などに普通に存在する菌であり、これまでも人間の周りに
存在していたものでした。
ところがここで問題になっている循環ろ過式の浴槽では、至適繁殖温度で、
かつ繁殖に必要な栄養素(皮脂や垢などの有機物)が豊富にあるために、
膨大な数にまで増殖してしまうことが問題となってきました。
新しく人間が作り出した環境によって、これまでおとなしかった菌が大発生し、人間に影響を
及ぼすようになったのです。
そういう菌が発生した原因を改善せず、無理やり殺菌しようとするために塩素を投入すること
になっていますが、これが新たな問題を生み出しました。従来の温泉の効能の減退と塩素臭等
の温泉情緒の欠損です(肌荒れや飲泉の不可など)。
本来の温泉の姿を維持しようとする旅館や施設では、昔から徹底した清掃が行われています。
家庭の風呂でもほぼ毎日お湯を抜き、掃除をするのと同じです。
しかし循環ろ過式の風呂では「塩素による消毒」と「ろ過」が行われているので、表面的には
清潔が保たれているように感じます。
そして信じがたいことに、その浴槽の清掃と換水は月1回などという状況が生まれてきます
(お湯がヌルヌルしてお肌に良い、と思っているのは人間の脂のせいという説もあります)。
このような状況になるにつれて、とにかく塩素の影響を忌避したがる人たちによって、温泉は
とにかく何が何でも「源泉かけ流してなきゃイヤだ」という意見が形成されてきます。
そうした源泉かけ流し原理主義の主張では、源泉かけ流しは循環湯と違って、常に新しい湯が
供給されているからお湯がキレイである、そのため塩素消毒は不要である、となります。
しかし一方では、自然のままの源泉かけ流しこそが衛生面でのリスクが高い、という事実も
あったりします。
結局、衛生面だけの話ならば、きちんと掃除をしているかどうか、浴槽のお湯が1時間に何回
入れ替わっているか等、入浴の負荷に対する適切な管理がなされているかが問題になります。
「源泉かけ流し」とは
一口に「源泉かけ流し」と言っても、その定義には人それぞれ微妙に異なります。
人によっては循環はもちろんダメ、さらに加水・加温も認めないというケース、
一方では温度調節の加水はOK、塩素消毒は一切認めない、と言ったように、
その言葉が意味する内容はバラバラです。
そこで本書では、源泉掛け流しの定義として提言しても良さそうだと思われるものを
いくつか提示しているので、引用して列挙します。
『旅行読売』編集部の主張
掛け流し併用も含め循環は不可。加温、加水については認める。消毒は不可。
『旅の手帖』編集部
単なる「かけ流し」と表現する場合は、加温、加水は認める。「源泉かけ流し」の場合はいずれも認めない。循環は不可。消毒に関してはどちらも不問。
別府温泉Gメン(現・東海大学教授)斉藤雅樹氏
循環は不可。消毒は特に罪が重い。ただし、加水、加温に関しては、泉質や源泉温度に応じて許容する場合もある。
全国7,000湯入浴の温泉チャンピオン、温泉研究家・温泉設計士の郡司勇氏
循環、加温、加水は認めず。消毒に関しては、条例の定めによる場合は不問。
”還元系温泉”の第一人者、日本温泉綜合研究所総括 森本卓也氏
源泉かけ流し自体にそれほど関心はない。掛け流し、循環ともに、否定も肯定もしない。
松田忠徳氏
循環は不可。消毒は断じて認められない。ただし、加水に関しては、泉質や源泉温度などに応じて許容する場合もある。
石川理夫氏
循環、加温、加水は認めず。消毒に関しては、条例の定めによる場合は不問。ただし、循環、加温、加水をひとまとめに排斥はしない。
日本温泉遺産を守る会・野口淳氏
「源泉100%掛け流し」は、循環、加温、加水、消毒のすべてを認めず。「源泉かけ流し」は「源泉100%かけ流し」に、温度調節を目的とした”加水””加温”までは許容。
これらの源泉かけ流しの定義に共通していることは、「循環不可」であるということ。
しかしこれは言葉の意味上のことで、各人が循環そのものを否定しているわけではないという
のが著者の結論でした。
さらに、【もっともわかりやすいかけ流し温泉の定義はこれだ!】ということで、
一般社団法人日本温泉協会 布山裕一事務局長(当時。現・流通経済大学講師)による定義が
紹介されています(「日本温泉協会 温泉名人」の「温泉用語解説」のページにも、以下の定義
が記載されているので参照ください)。引用して列記します。
*かけ流し(完全放流式)=浴槽に常時新湯を注入して溢流(オーバーフロー)させ、溢流した湯を再び浴槽に戻して再利用しない方法。注入する新湯については、温泉でないことを明示すれば温泉以外の水源を利用することが可能。温泉を利用する場合においても、温泉への加水および加温は可能であるが、実施している場合はその状況とその理由を明示することが義務付けられている。
*温泉かけ流し(温泉完全放流式)=浴槽に常時新湯を注入して溢流(オーバーフロー)させ、溢流した湯を再び浴槽に戻して再利用しない「かけ流し」の状態で、注入する新湯については温泉を利用しなければならない。温泉への加水および加温については、前期「かけ流し」と同じ。
*源泉かけ流し(源泉完全放流式)=前期の「温泉かけ流し」の状態で、単に「かけ流し」と謳うよりも自然の状態に近い印象を与える強調表示であるため、温泉に加水することはできない。なお公正取引委員会では成分の変化が少ないという観点から加温に関しては可能という見解を示しているが、実施している場合はその状況とその理由を明示することが義務付けられている。
*源泉100%かけ流し(源泉100%完全放流式)=前記の「源泉かけ流し」と謳うよりもさらに自然の状態に近い印象を与える強調表現であるため、温泉への加水・加温はいずれもすることができない。なお、公正取引委員会では条例等で消毒が義務付けられている場合において、塩素剤等の注入に関しては妨げるものではないという見解を示している。
-本書「錯綜する”源泉かけ流し温泉”の定義」より引用-
※「日本温泉協会ホームページ」の「温泉用語解説」も参照しています
不潔なかけ流しと安全な温泉
上記のような「かけ流し」の定義に当てはまる温泉が本来の温泉であり、元々塩素消毒など
していなかったんだから安全なはずだ、という「源泉掛け流し原理主義者」の主張に対して、
本当に掛け流しの温泉はキレイなのか?という検証が第3章では行われます。
元々、循環ろ過+塩素注入が取り入れられた歴史を省みると、入浴者数が激増した時に
源泉かけ流しでは非常に不衛生(掛け流しの供給する湯量だけでは衛生が保てない)だった
という経緯があります。
このため、単純に源泉かけ流しだからキレイか?と問われれば、湯量に対して入浴者数が多く
バランスを欠いている場合には、かえって衛生面で言えばリスクが高い、となります。
一方、循環ろ過式が問題視されている理由は、ずっと同じ湯を繰り返し循環して使い続けて
いるために、細菌類の繁殖を招いているということもあります。
このように、単純に浴槽の「かけ流し」「循環ろ過」というお湯の供給システムの違いよって
安全が危険か、衛生的か非衛生的かを断じることはできないと結論づけられます。
安全で、衛生的、そして何より温泉の本来の効能(酸化還元電位など)が維持されているか、
については、毎日湯を抜いてしっかり清掃をしているにかかってくることになります。
問題は、ゆるすぎる「温泉法の定義」
本書では、こうした「かけ流し/循環ろ過」の対比や、全て性質が異なる温泉にまで一律に
塩素による消毒を”指導”する原因として、「温泉法」を始めたとした規制が有名無実となって
いることに理由を求めています。
現行の温泉法では、温泉は所定の物質を1つでも規定値以上含むか、または湧出温度が25度
以上であれば温泉である、とされています。
成分を全く含まなくても25度以上なら温泉となったり、湧出後に加水、加温、薬剤(塩素)の
添加を一切規制していないところも、社会に「天然温泉」という人工的に開発された温泉が
乱造される原因となっています。
人工的に開発(掘削)した温泉は、多くが動力揚湯(ポンプアップ)であり、その湧出量には
限りがあります。
その限られた温泉法上の「天然温泉」を、節約して使い回すために、循環ろ過システムが利用
され、そしてレジオネラ症感染へと繋がっていきます。
よって、全ての発端である温泉法を、もっと現実に即した形へと整理すべきだ、というのが
本書の最終的な結論となってきます。
その上で、著者自身が実際に温泉に入り、ここだったら衛生的で安全、そして本来の温泉の
良さが感じられるという温泉を「安全名湯100軒」として紹介しています。
よくある温泉本らしく、やはり著者のオススメの温泉が載っています。
この部分が目当てで本を買ったりする人もいると思いますが、そうした方々を始めとして、
多くの人に、本来の温泉とはどういうものだったか、という認識を持ってもらうことが、
伝統的に効能があったとされる本来の温泉を残す力となるのではないかと思います。
本書の感想など
いつまでもあると思うな本来の温泉
「温泉」という、日本人にとっては当たり前に存在するものに対して、今まであまり真面目に
向き合わなかったツケみたいなものが来ているなあ、という印象を私は受けています。
当たり前すぎで、厳密な定義をせずともみんな分かっているよね…という甘さ。
その甘さ、定義の曖昧さと技術の進歩によって、とても温泉とは思えないような、地下水を
沸かしたようなものが「天然温泉」として巷に溢れています。
初めて人工的に掘削し、動力揚湯されている「天然温泉」に入った時のことを、私はとても
印象的に覚えています。
少し茶色っぽい透明なお湯で、海水のような匂いがする温泉。身体が警戒するような感覚に
包まれたのを覚えています(塩素も入っていました)。
それまでの温泉のイメージでは、硫黄の香りやじんわりと身体がゆるむような、安心する
湯ざわりが印象に残っていたため、この「天然温泉」に違和感を感じたものです。
しかし定義上は歴とした温泉であるので、最近の温泉はこういうもんなのか、と無理矢理に
納得した記憶もあります。
古くからの素晴らしい温泉ほど無くなっていく
悪貨が良貨を駆逐する、という格言がありますが、まさに温泉もそうです。
循環ろ過+塩素消毒のお風呂が悪者だと決めつけることはできません。お風呂よりも、
食事やその他の施設が素晴らしく、そのような場を好む人もたくさんいるからです。
ただし温泉そのものに注目した場合、本来の温泉を維持するのはとても労力が要ります。
そのため循環ろ過+塩素消毒の施設よりも利用料金が高くなったり、設備が乏しい点が災い
して、営業をやめてしまう温泉が増えてきます。
私の地元、群馬県では源泉一軒宿の4分の1が閉業していました(『ぐんまの源泉一軒宿』に
記載の一軒宿50件のうち、2020年現在13軒が閉業)。
たくさん本来の温泉に入っている人ほど、最近の郊外型日帰り天然温泉のお湯は違和感を
感じるのではないかと思います。
中には本当に素晴らしいお湯で、清掃に気を使い塩素を使わない温泉もあります。
しかし本書でも触れていますが、そのような温泉は全体の1割にも満たない現実があります。
今となってはとても稀少な、本来の温泉を残していくためにも、温泉ファンの一人ひとりが、
温泉に関する知識を持ち、積極的に素晴らしい温泉の利用をしつつも知識の啓蒙に努める事が
大切なのではないかと思うです。
本書は、「なんとなく最近の温泉って微妙だな、だけど何が気に入らないんだろう…?」と
いう違和感の正体を、はっきりと見せてくれる本だと言えます。


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