「温泉科学の最前線」の続編
日本温泉科学会による温泉研究紹介として書かれた「温泉科学の最前線」に対する続編として
企画された本で、本書については同会の若手研究者が執筆しているとのこと。
本書も各分野の専門家が、各自の研究分野に関する説明を記述しており、それぞれが独立した
内容となっています。どこから読んでも理解できる構成です。
“温泉を科学的に知りたい、温泉ファンのための温泉科学入門書”。
著者について
前書「温泉科学の最前線」と同様、10個のテーマを10名の著者が執筆しています。
本書の執筆者紹介(執筆順)を引用します。
関 陽児(せき・ようじ)
1960年生まれ。1982年東北大学理学部地学科地学第一卒業。(独)産業技術総合研究所深部地質環境研究センター主任研究員。地下水と地質との相互作用を軸に、浅熱水性鉱床の探査手法、地熱系や温泉の実態解明、放射性廃棄物地層処分事業における安全性評価等を研究。
〔主な著書〕「高感度ヒートパルス式孔内流速計の現場適用例-みずみちの補足と低透水性岩盤への浸透流の検出-」『応用地質』46巻4号(2005年)、「関東地方東部における大深度温泉の特徴-水質と地質の関係」『温泉科学』54巻1号(2004年)、「鉱床周辺の水系調査-資源探査から環境修復まで-」『資源地質』53巻2号(2003年)、他。
柳谷茂夫(やなぎや・しげお)
1961年生まれ。1983年岩手大学工学部応用化学科卒業。環境測量士。技術士(応用化学)。地熱エンジニアリング株式会社取締役企画営業部長。地熱・温泉開発に伴う地球化学的調査・研究。
〔主な著書〕「岩手県新安比温泉に関する化学的考察」『温泉科学』43巻(1993年)、「炭酸カルシウムスケール付着抑制技術」『温泉工学会誌』27巻(2001年)、「地熱発電〜地球環境に優しい純国産・再生可能エネルギー〜」『ESTRELA』121号(2004年)、他。
藤田俊一(ふじた・しゅんいち)
1973年生まれ。2003年鹿児島大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。鹿児島県立末吉高等学校。温泉水の地球化学的研究。
〔主な著書〕「霧島火山地域及びその南西部地域の温泉の生成機構」〔共著〕『温泉科学』50巻(2000年)、「霧島火山丸尾地区の熱水系形成機構の地球化学的解釈」〔共著〕『温泉科学』50巻(2001年)、「霧島火山硫黄谷・林田周辺地区熱水系の形成機構の地球化学的研究」〔共著〕『温泉科学』52巻(2002年)、「安山岩の酸性変質過程」〔共著〕『温泉科学』51巻(2001年)、「霧島火山丸尾地区熱水系のモノケイ酸の重合測度に関する考察」〔共著〕『温泉科学』51巻(2001年)、「鹿児島市及びその北部地域の温泉水の貯留機構に関する地球化学的解釈」〔共著〕『温泉科学』51巻(2001年)、他。
網田和宏(あみた・かずひろ)
1973年生まれ。2003年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。博士(理学)。京都大学大学院理学研究科研究機関研究員を経て、秋田大学工学資源学部地球資源学科助手。地熱水、火山ガスの地球化学的研究、地殻の電気的な性質に関する研究。
〔主な著書〕「九重硫黄山噴気地域から放出されるマグマ性ガスへの空気及び地下の水の混合過程」『日本地熱学会誌』25巻4号(2003年)、「大分平野の深部に賦存される有馬型熱水の起源」『温泉科学』55巻2号(2005年)、他。
秋田藤夫(あきた・ふじお)
1957年生まれ。1980年北海道大学工学部資源開発工学科卒業。北海道立地質研究所企画情報課長。温泉の開発利用・保全に関する調査研究。温泉による火山噴火や地震予知に関する調査研究。
〔主な著書〕「北海道洞爺湖温泉の熱水流動系」〔共著〕『温泉科学』50巻(2001年)、「北海道内温泉井における4回のM7.5以上の地震直後の地下水位変化-1993〜1994-」〔共著〕『地震2』53巻(2001年)、”Precursory changes in well water level prior to the March, 2000 eruption of Usu volcano, Japan”, Geophys. Res. Lett., No.28, (2001年)、”Hydrological responses induced by the Tokachi-oki earthquake in 2003 at hot spring wells in Hokkaido, Japan”, Geophys.Res.Lett., No.31,(2004年)、他。
石井栄一(いしい・えいいち)
1961年生まれ。1984年関東学院大学工学部工業化学科卒業。関東学院大工学部技師。間欠泡沸泉の調査・研究。自然放射能の調査・研究。
〔主な著書〕「島根県木部谷間欠泉における振動について」〔共著〕『温泉科学』50巻(2000年)、「神奈川県三浦半島阿部倉鉱泉を掘る」〔共著〕『温泉科学』42巻(1992年)、「塩原温泉元湯の自然電位法による温泉流動経路の検出」〔共著〕『温泉科学』42巻(1992年)、「山梨県増富温泉の自然電位法並びに自然放射能探査による温泉流動経路の検出」〔共著〕『温泉科学』41巻(1991年)、他
大沢信二(おおさわ・しんじ)
1960年生まれ。1992年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了(理学博士)。京都大学大学院理学研究科付属地球熱学研究施設助教授。深層熱水、地層水の地球化学的研究、地下水・降水の同位体地球化学的研究、地熱系の環境化学的研究。
〔主な著書〕『温泉科学の最前線』〔共著〕ナカニシヤ出版(2004年)、”Escape of volcanic gas into shallow groundwater systems at Unzen volcano(Japan):evidence from chemical and stable carbon isotope compositions of dissolved inorganic carbon “Limnology, No.3(2002年), “Isotopic characteristics of typhonic rainwater: Typhoons No.13, 1993 and No.6, 1996 struck Japan” Limnology, No.1(2000年)、他。
大上和敏(おおうえ・かずとし)
1971年生まれ。1999年京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(理学)。明豊中学・高等学校教諭。温泉水および温泉沈殿物の化学組成の変化とその原因に関する研究。
〔主な著書〕「別府血の池地獄の色彩変化に関わる沈殿物の鉱物組成・温泉水の化学組成の変化」〔共著〕『温泉科学』47巻(1997年)、「強酸性熱水用地化学温度計の開発」〔共著〕『温泉化学』46巻(1996年)。
大石 朗(おおいし・あきら)
1955年生まれ。1980年熊本大学大学院理学研究科地学専攻修士課程修了。博士(工学)。技術士(総合技術監理、応用理学)。八千代エンジニヤリング株式会社総合事業本部地質部担当課長。河川構造物、トンネルなどの土木構造物に関わる建設コンサルタント業務に従事。地表水との相互作用を含めた地下水流動に関する調査研究。
〔主な著書〕『土木地質の秘伝97 めざせフィールドの達人』〔共著〕山海堂(2005年)、「山岳トンネル掘削時の湧水量予測」〔共著〕『応用地質』41巻3号(2000年)、「兵庫県美方地方の比抵抗構造」〔共著〕『応用地質』36巻6号(1996年)、「兵庫県北西部浜坂周辺温泉の成因」〔共著〕『温泉科学』46巻1号(1996年)、「流体包有物による和歌山県本宮地域の熱水活動の検討」〔共著〕『温泉科学』45巻1号(1995年)、他。
沖田一彦(おきた・かずひこ)
1959年生まれ。広島大学大学院医学系研究科博士後期課程単位取得退学。県立広島大学保健福祉学部理学療法学科教授。医療人類学などとの学際的視点に基づいた理学療法およびリハビリテーション医療の調査・研究。
〔主な著書〕「理学療法における質的研究の実際」『理学療法ジャーナル』37巻(2003年)、「患者はなぜ代替医療を利用するのか」『理学療法科学』19巻(2004年)、「塚野鉱泉の特異的飲泉パターンに関する医療人類学的考察」『温泉科学』53巻(2004年)、他。
内容の概観
本書は前書同様に10個の独立したテーマでそれぞれ記述されています。
ここでは各章の内容を概観するため、目次を列記し要約を記載します。
1 首都圏の大深度温泉
はじめに/大深度温泉水の水質/水質と地質との関係/温泉水の起源と水質形成機構/酸化還元電位からわかること/おわりに
ここ20年ほど全国で急増している大深度掘削井戸を源泉とする温泉について、特に首都圏のものに注目して説明しています。温泉水を胚胎する地層の特徴、湯治効果との関連性が注目される酸化還元電位に着目し、これらの温泉についての特徴を述べている章です。
2 温泉スケールの対策-温泉スケールをどうふせぐか-
はじめに/炭酸カルシウムスケールの生成メカニズム/さまざまな温泉スケールの対策方法/スケール抑制剤を注入する方法で注意するポイント/最適なスケール抑制剤の選択/スケール抑制の手順/おわりに
温泉スケールとは地下で溶存状態だった塩類(成分)が、揚湯・湧出時に周囲環境が変化したことにより固形物が析出したもので、温泉華、湯の華と呼ばれるものです。温泉利用者に喜ばれる一方、温泉の運営・管理側にとってはスケールが各種設備のパイプ内壁に付着することで、温泉流量の減少、それに伴う温度低下が招かれるため厄介なものとなっています。このような温泉スケールには成分により種類がありますが、一般的に多く見られるものが石灰質(炭酸カルシウム)であることから、本章では「炭酸カルシウムスケールの対策」に焦点を絞り説明しています。
3 酸性硫酸塩泉ができる仕組み
はじめに/霧島火山の温泉と熱水系/酸性硫酸塩泉の生成機構に関する研究/おわりに
温泉の泉質が作られる仕組みがほぼ解明されている中で、酸性硫酸塩泉については硫化水素に由来する硫酸によって形成される程度のことしかわかっていない状態でした。この章の筆者が興味を持っている霧島火山の温泉を対象として現地調査をし、採取した温泉水を用いた分析などから、霧島火山の温泉を形成している熱水系の仕組みを明らかにしました。その結果にもとづき、酸性硫酸塩泉の生成機構のモデルを提示しています。
4 噴気孔ガスの形成機構
はじめに/火山活動に反したガスのHe/Ar比/噴気孔ガスの化学・同位体組成/マグマ性ガス・空気・地下水の混合割合/地下水・空気の混合の仕方/混合が起こっている場所/おわりに
温泉地や火山地帯などでよく見られる噴気は、その生成過程が明らかになっていない点がいくつか残されていました。本章では野外で実際に採取した噴気の化学・同位体データを用いた解析を行い、噴気がどのような形成機構を持っているのかについての考察を述べています。
5 温泉からみる火山活動
はじめに/有珠火山と温泉の湧出/2000年有珠山噴火と温泉の変化/GSH1で観測された驚くべき現象/解けない謎/おわりに
火山は時として噴火という大自然の脅威を我々に見せつける一方で、噴火により作り出される自然景観、肥沃な大地、温泉などは大きなめぐみと安らぎをもたらします。火山の近くで湧出する温泉が、火山活動によって様々な変化をすることは容易に想像できます。本章では、2000年の有珠山噴火に際して、噴火活動を通じて様々な変化見られた有珠山北麓の洞爺湖温泉に注目し、温泉への影響を中心に火山活動についての説明をしています。
6 間欠泉の発生と消滅のメカニズム
はじめに/モデル実験でみられる間欠沸騰泉/炭酸ガスの減少で消える木部谷間欠泉/温泉水不足できえる広河原間欠泉/おわりに
間欠泉を大別すると水蒸気で噴出し数十メートルの高さまで噴出する間欠沸騰泉と、規模が小さく温度も低い炭酸ガスにより噴出する間欠泡沸泉があります。ここでは間欠沸騰線と間欠泡沸線のモデル実験を通して、山形県飯豊町にある広河原間欠泉と島根県吉賀町にある木部谷間欠泉についてのメカニズムを説明していきます。
7 別府温泉は何歳か?-別府地熱系の年齢と熱水の起源-
はじめに/ある温泉井の掘削と岩石コアの分析/年齢の求め方/推定年齢から解ける謎/要素年代測定/もう一つの温泉の年齢/おわりに
本章では、別府温泉がどのくらい前に地球上に出現したか、すなわち別府地熱系の年齢についての著者らの研究を紹介し、その結果が物語る別府温泉の熱水の起源について説明しています。
8 温泉沈殿物から温泉の変遷過程をたどる
はじめに/血の池地獄の沈殿物/コア試料の採取/鉱物組成の変化が示すもの/沈殿物の年代の推定/血の池地獄周辺の熱水系の変遷/おわりに
温泉は永遠に同じ湧出量・泉温などを保っているわけではなく、長い年月をかけて変化しています。本章では、温泉に堆積している温泉沈殿物の鉱物組成から、温泉の変遷過程を解読する試みについて説明しています。
9 流体包有物からわかる熱水活動史
はじめに/流体包有物の均質化温度測定/南紀の温泉地域/試料の性状/均質化温度の測定結果/熱水活動の変遷と生成鉱物/現在と過去の熱水活動の関係/おわりに
本章では鉱物に閉じ込められた流体である「流体包有物」について、均質化温度測定という方法を使って、周辺地域での熱水活動の変遷を調べます。今の温泉活動が過去からのどんな熱水活動の履歴を経た結果なのかを知ることによって、なぜ今このような状態なのかを解明します。
10 温泉の医療人類学的研究
はじめに/医療人類学とは/飲用されている塚野鉱泉/どのような湯治が行われていたか/湯治をめぐる言説/民間療法に共通する特徴/認識構造の一般性/イメージ-期待-治癒/おわりに
古来より、病気治療をその主たる目的として温泉は利用されてきました。近年になって、医学的な効果という点で薬物療法や手術療法に主役の座をゆずりましたが、病気治療を目的とした温泉の利用は現在も根強く残っています。本章では、医療人類学の視点からこの理由について考えることで、温泉の持つ価値について再考していきます。
本書から得られること
本書を通読することで、温泉をとらえる視点がかなり深まります。
地球科学の視点や医療の視点から、なぜ温泉が今のような利用形態になっているのか、その
起源や辿ってきた歴史に思いを馳せるようになります。
温泉をたくさん回っているベテラン温泉ファンの方にとっても、一度行った温泉地であっても
また違った、新鮮な目で温泉を眺めることができるようになるでしょう。
本書は温泉科学に関する研究内容について、広く知ってもらうための本という位置付けです。
そのため、各テーマは専門的でとても深い内容ですが、温泉科学に精通していない読者でも
親しみやすいよう、身近なところや聞き慣れているであろう場所の説明から入っています。
前書の「温泉科学の最前線」に比較して、そういう読者視点が取り入れられているような
印象を受けます。
こういう言わばマニアックな知識をわかりやすく紹介してくれる本は、さらに研究が進んだ
後にも続編として発行してほしいものです。
書評まとめ
本書を通読すると、前書同様にかなり広く温泉科学について理解が深まった実感があります。
ただし非常にマニアックな知識であり、単に温泉を旅行として楽しむだけなら必要ない知識と
言えるかもしれません。
しかしこの本に書いてあるような、温泉スケール形成に関する話題などの化学的視点、温泉の
形成過程に言及している地質学的視点などを身につけていると、自然と温泉地の源泉や自然、
さらには温泉地にある石や岩盤など、興味の対象が尽きない状態になります。
日本は温泉に恵まれた温泉大国です。
そんな豊かな環境にあって、さらに人工的に掘削されて増え続ける温泉もあります。
増えすぎて環境破壊に繋がっては元も子もないですが、二つとして同じ温泉が存在しない中、
貴重とも言える温泉について深く思索を巡らせてみることで、さらにじっくりと温泉の効果を
取り入れられるようになるかもしれませんね。


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