温泉の科学的な面からの情報提供の本
本書は「日本温泉科学会」編とあるように、温泉を理学、医学、工学などの多方面からの
研究者が集まった学会が発行している本です。
そのため、本書にはよくある温泉ガイドのような、観光に関する情報ではなく、科学的な
面の情報が主な内容となります。
観光や旅行に関する情報ではなく、温泉そのもの、温泉とはいかなるものなのか、と言う
方面の知識を深めたい場合に向いている本です。
著者について
本書は日本温泉科学会という、1940年に設立された温泉を研究する団体が発行しています。
5名の温泉に関する専門家である、佐々木信行氏(香川大学教授、理学博士)、辻内和七郎氏(箱根温泉供給株式会社)、深澤喜延氏(山梨温泉文化研究所)、古田靖志氏(岐阜県博物館)、山村順次氏(千葉大学教授、理学博士)による共著となっています。
温泉の科学的な面に詳しい方や、温泉研究に関係する方にとっては、ご存知の方がおられる
こともあるような著名な先生方が執筆されています。
温泉の科学的な面の情報提供、という本書の目的に適った著者たちと言えそうです。
「温泉の教科書」的な立ち位置
本書の「まえがき」にも書いてありますが、温泉研究に関する本は誰も読まないだろう、と
いうことでこれまで出してこなかったそうです。
確かに「温泉が好き」という人はたくさんいるが、どれだけたくさんの温泉に入ったか、とか
辺境の温泉、秘湯、野趣あふれる温泉など、珍しい温泉に入った自慢等が多く(インスタ映え
的な)、温泉を楽しむ側の需要が多いのは明白です。
温泉は今や全世代にとって癒しを得るための1つの手段となっているけれど、温泉のユーザーにとっては上記の需要にも表れるように、温泉そのものよりも、どこにどんな温泉があるのか
に関心の中心があるのだなというのは感じます。
そんな状況の中にあって、温泉そのものに興味を持ってとか、仕事で必要だから、という理由
で調べてみようと思った時にも使えそうな、基礎的な知識が網羅されているのが本書です。
また、本書は工学系出身者ならよく知っているであろう「コロナ社」から出版されています。
ここ出した本なら温泉についての初歩的な知識は網羅されていそう、という安心感や信頼感も
大きく、期待に胸が膨らみます。
いわば温泉入門の教科書のような立ち位置ですね。
本書の内容
本書は全8章構成になっていて、前半は温泉そのものについての説明と、温泉をとりまく自然
や温泉の発見から現在の温泉開発、後半は温泉の利用に関する内容で、健康との関連や日本、
及び世界の温泉文化についての記述と続きます。
温泉とはなにか
本章では温泉の定義やなぜ温泉が温かいのか、また温泉水はどこを起源としているのかなど、
温泉がどのようなものなのか、温泉法による定義だけでなく、感覚的に私たちが温泉と思う
モノについての説明がなされています。
温泉をとりまく自然を見つめる
ここでは温泉が湧くことによって作り出される特徴的な自然景観や、いわゆる「地獄地形」
などについて言及しています。
自然界における温泉は、そこだけ温度が高かったり、周囲と環境が異なっている事が多く、
特徴的な自然景観が形成される理由も説明されています。
また、温泉と自然環境の関わりにおける生物への影響として、温泉だからこそ生存できる、
特徴的な植物や微生物について触れています。
原始地球の環境に似ているとされる、海底の熱水噴出孔との類似性も指摘されています。
温泉の湯を見つめる
「温泉の湯」に注目した章です。温泉の分類として、泉温、液性、浸透圧による分類が説明
されています。これらは温泉の性質を知る時にも役立ち知識になりますから、詳しく知ること
で、さらに深く温泉を味わえるようになります。
分類法の説明の後には、各泉質の説明と活用上の注意(禁忌及び飲用上の注意など)や特徴的
な泉質での注意事項を紹介しています。
この章は温泉利用がメインの層にも役立ちそうな知識が整理されています。
温泉の発見伝説と現代の温泉開発
古来より知られている温泉は、その発見には伝説的な言い伝えが多く残っていました。
歴史上の人物による発見のパターン、動物が発見したパターンなどです。
そうした発見に至るまでのエピソードが、温泉の名前に関係していることも多くあります。
一方で現在は、油田開発で培った技術力の応用として、大深度掘削技術による温泉の掘削が
行われるようになっています。
一般的に地中を100メートル下がると平均して3℃上昇すると言われており、地下1500mほど
掘りすすめると温泉法上の定義を満たす「温泉」が湧出するということになります。
これまで温泉が存在しなかった地域にまで天然温泉が増加しているのには、こうした技術的発展が寄与しているためです。
しかしこうした温泉開発は、周囲の環境への影響も深刻化する事があります。
予想外のガスの噴出や地下水の枯渇による地盤沈下、地下水脈で繋がっている温泉などの湧出量低下などです。
そのような問題点も発生しうることを考えつつ、温泉開発は進めていかなければなりません。
温泉と健康
温泉といえば健康増進と言われるように、本章が多くの温泉ファンにとりメインコンテンツと
言えるかもしれません。
温泉が人体に与える影響として、温熱効果、浮力による効果、静水圧により効果、含有成分に
よる効果、変調効果、天地効果があります。
また、温泉療養にあたり様々な温泉の利用形態についても紹介されており、飲泉、ふかし湯、打たせ湯、オンドル浴といったものがあります。
国民が広く健康増進に温泉地が活用できるよう、国民保養温泉地の制度が作られたことも紹介
されており、巻末にもその一覧表が記載されています。
温泉の利用
温泉の利用法として、上記の健康増進に資する方法の他にも、温泉に溶け込んでいる成分を
取り出して加工することによって活用する方法も紹介されています。
代表的なものといえば、湯の花を乾燥させて入浴剤としたものなどがあります。
他にも温泉を活用した生物の飼育や植物の栽培としてワニの飼育やバナナの栽培も例として紹介されています。
そして近年色々と問題視されている温泉水の再利用についてもここで言及しており、本書では
限りある温泉水、温泉資源を有効活用するためにはこうした温泉の再利用がとても重要である
としています。
日本の温泉と温泉文化、世界の温泉と温泉文化
ここではまず、温泉の分布と特性について説明されており、環太平洋造山帯に温泉が集中して
いること、特に日本列島の中ではプレート境界やそれに付随する火山地帯での湧出が多い事に
言及しています。
また、日本と日本以外での温泉の活用感する歴史や文化にも触れ、科学や医療が未発達だった
時代から、神秘的な位置付けを付与されてきた温泉について説明されています。
温泉が当たり前のようにある日本にいると、温泉に入浴するのが当たり前のように思えます。
一方で日本以外では、入浴よりも飲泉が主であったり、医療の一部として健康保険の対象と
なるケースも見られます。
このほか、温泉を巡っての支配者たちの争いや政治利用される経緯など、簡単ではありますが
触れられています。
こうした知識の入口がたくさんあると、さらに自分で深めていくこともできますね。
本書をオススメしたい人
温泉を楽しむだけでは物足りなくなってきた温泉通の人たち。
珍しい温泉にたくさん入った、というだけでなく、この温泉はこんな風にスゴイんだ、と
簡単にでも説明できると一目置かれるような気がします。
温泉のその背後にある、形成史や温泉水の起源に思いを馳せることができたら、湯に浸かって
いる時間も、味わい深いものになるというものです。
この本から得られること
繰り返しになってしまいますが、本書は学術的な観点から温泉を論じようとした本であり、
客観的事実に基づいた記述を心がけている印象を受けました。
その点では、温泉の分類法や泉質の説明、泉質名の決定方法等がとても丁寧でわかりやすく、これから各地の分析表を読むことも楽しみになる内容です。
データ集としても、やや古いですが各地の温泉情報、国民保養温泉地一覧があり、まだ今ほど
大深度掘削による温泉開発が進んでいなかった当時の情報が入試できます。
「温泉学入門」とタイトルにあるように、広く温泉についての知識を得る本としては、
使い勝手のいい、まさに入門書と言えます。
書評まとめ
全体的に広く浅く、温泉にまつわる知識を身に着けるには打って付けの本でした。
かつて出版されていた【「温泉のはなし」白水晴雄(著)】と構成が被る部分が多いように
感じましたが、温泉の入門的な基礎知識としてはこの辺りが共通項という事なのでしょう。
そういう意味では内容の選定にも安心感が持てます。
一点、個人的にこれからの温泉について、温泉水の再利用が肯定的に書かれていることが
気になりました。
結局は好みの問題とも言えますが、私は豊富な湯が自噴しているような、源泉から近い温泉に
入りたいですね。
多少不便な場所にあっても、それらを乗り越えてこそ気持ちいい湯に浸かる、という昔からの
プロセスがあってこその温泉だ、とも思うのです。
ともあれ、温泉についての包括的知識が学べる「温泉学入門」。
これから温泉を究めたいという人にとっても、その基礎を知るにはとても良い本です。


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