水処理技術を俯瞰する入門書
本書は一般には馴染みが薄い「水処理技術」という、いわば縁の下の力持ち的な技術について
95項目に渡り、各項目が見開き2ページでイラストを交えて描かれている本です。
水処理についてのイメージすらわかない(実物を見る機会がほぼ皆無)人にとっても、水処理
とは一体どんなことを指すのか?という疑問に対しても、大まかな全体像を掴むには丁度いい
本の形になっています。
本書は「秀和システム」から出版されている図解入門というシリーズで、このシリーズは、
専門的で取っ付きにくい技術点知識に対する敷居を下げてくれるので、とても重宝します。
生命維持と産業活動の基盤、水処理技術を包括的に理解する!
わかりやすくビジュアルに解説!
と表紙にも書いてある通り、詳しく実践的な内容よりは包括的理解を助ける一冊と言えます。
本書の構成
本書は全8章で構成され、それぞれ1章より「貴重な資源、水」「水処理技術のキーワード」
「生活用水をつくる」「工業用水をつくる」「排水の物理化学的処理」「微生物の力を利用す
る排水処理」「水処理で生じる汚泥の処理」「環境と命を守る水処理技術」というテーマに
分けて、水処理にまつわる重要な項目について概説しています。
本記事では本書内容全体を概観するため、目次より項目を引用してそれらの要約を試みます。
Chapter 1 貴重な資源、水
ここでは貴重な資源である「水」そのものについての基本的事項を整理しています。
地球上のわずかな水しか利用できてないことや生命維持や産業に必須であることなど、
無尽蔵にあると思いがちな資源である水についての事実を列挙していきます。
循環する淡水は地球上の水の約0.05%/水は生命維持と産業に必須の資源/河川には本来、自然浄化力がある/社会を支える水の特異な性質/暮らしを守る下水道の役割/必要性が増す水のリサイクル/【コラム】富士山は大きなろ過装置
Chapter 2 水処理技術のキーワード
Chapter 2 では、水処理技術を行う際に必須となる専門用語について説明されています。
DO(溶存酸素)−水中の酸素溶解度/COD(化学的酸素要求量)/BOD(生物化学的酸素要求量)/pH−酸性やアルカリ性の度合いを測る尺度/ORP(酸化還元電位)/電気伝導率−水の種類で異なる/蒸発残留物−水の味や質を決める要素/硬度−「軟水」「硬水」とは?/アルカリ度−地下水や地質条件を知る指標/塩素殺菌−利点と欠点の理解が大切/紫外線殺菌−化学薬品を使わない処理/AOP(促進参加法)−注目が高まる技術/【コラム】BODはとれてもCODは残る
ここでは水質分析を行う際に求めることが多い、水質の汚染指標として使われるDOやCOD、
BODなどという指標の説明、水の性質を合わす指標であるpHやORPなども説明されています。
温泉に関する研究を行うときにも、酸化還元電位(ORP)やpHなどは、温泉の人体に及ぼす
影響も左右することから、活用されることが多い項目です。
また、温泉関連で関心を持ちやすい項目としては、塩素殺菌があります。
温泉の分野では塩素は悪者扱いですが、水処理の視点では水質保持、衛生管理という意味から
もとても重要な要素です。主に省コストで手間がかからないことが利用される理由です。
その他、硬度はミネラルウォーターを購入する際に気にしたりすることが、生活上で関わりが
ある項目と言えます。
Chapter 3 生活用水をつくる
生活用水(主に水道水)を作る過程で必要とされる項目の説明です。
大切な上水道水源の水質/飲料水の水質と塩素殺菌/塩素殺菌と有害物質トリハロメタン/緩速ろ過と急速ろ過/小さな粒子を寄り集める凝集処理/鉄とマンガンの除去/汚濁水の砂ろ過(圧力式ろ過)/分離精度が高い膜ろ過/異臭除去にも効果、活性炭吸着/二次汚染のないオゾン酸化/淡水不足の地域で活躍、海水淡水化/【コラム】おいしいお茶と水の関係
水道水においても歴史的に塩素のおかげでほぼ完全な衛生管理が可能になっています。
そしてコストが低く手間がかからないというメリットもあります。一方でその食味や臭いが
不快であり、水道水が飲料水として忌避される要因ともなっています。
そこで水道水を作つくる過程で、塩素以外の消毒方法の研究が行われています。
しかし塩素と同等かそれ以上の安全性と確実な消毒効果が見込め、かつ低コストであるものが
見つかっていないというのが現状です。
結局、塩素による消毒が最も安全で確実、そして安いということで、最良の方法と言えます。
Chapter 4 工業用水をつくる
工業用水は、その用途によって求められる水質基準が異なります。そのためろ過方法一つを
とっても膜ろ過の数種類(MF膜ろ過、UF膜ろ過、RO膜ろ過)があり、それぞれろ過されて
除去される粒子の径が異なります。
また、半導体の洗浄などに利用される超純水を作り出す技術や溶存物質を取り除く方法など、
水道水をつくるプロセスとはアプローチ方法が大きく異なります。
工業用水の水質とニーズ/工業用水の前処理と用途/懸濁物を沈める沈殿分離/水より軽いものに浮上分離/粒子に泡を付着させる加圧浮上/イオン交換樹脂による脱塩/イオン交換樹脂の再生①−単床塔/イオン交換樹脂の再生②−並流再生と向流再生/イオン交換樹脂の再生③−混床塔/膜面が詰まりにくいクロスフローろ過/砂ろ過より高精度なMF膜ろ過/より高精度なUF膜ろ過/逆浸透作用を利用するRO膜脱塩/脱塩と濃縮が同時に可能な電気透析/産業活動に欠かせない純水/半導体製造に不可欠な超純水/シリカ(二酸化ケイ素)の除去/カルシウムの除去/電力の安定供給に貢献、ボイラ水/用途として最も多い冷却水/【コラム】湖沼などの富栄養化を防ぐには
Chapter 5 排水の物理化学的処理
Chapter 5 では排水処理に関する技術的な説明です。特に工場排水に代表される産業上の排水
は、人体に蓄積されて重大な影響を与え得るものが多い(重金属などが代表的)ので、特に
注意深く処理工程を行う必要があります。
pH調整による重金属の処理/硫化物法による重金属の処理/凝集沈殿での粒子径と沈降速度/6価クロム排水の処理/シアン排水の処理/ふっ素含有排水の処理/ほう素含有排水の処理/昌析材によるリンの吸着処理/亜鉛含有排水の処理/COD除去に適したフェントン酸化/【コラム】排水処理は初めの分別が大切
Chapter 6 微生物の力を利用する排水処理
Chapter 5 より排水処理の項が続きますが、Chapter 6 では排水処理に微生物による物質の
分解を利用する方法が紹介されています。
微生物の力を利用する方法は、主に有機物が含まれる排水の処理に有効です。
代表的な排水では食品関連の排水やトイレからの排水などです。
好気性微生物の力を使う活性汚泥除去/長時間ばっ気法と汚泥再ばっ気法/汚泥が沈まないバルキングの原因と対策/微生物の継続保持が容易な生物膜法/単一槽で行える回分式活性汚泥法/生物の代謝活動を支える流量調整槽/汚泥を分離する沈殿槽/汚泥計量で流量を一定に保つ/汚泥をくみ上げるエアーリフトポンプ/汚泥負荷と容積負荷/毒性物質と生物の増殖阻害物質/富栄養化の一因となる窒素の除去/活性汚泥によるリンの除去/食品排水処理などで活躍、UASB処理/【コラム】トイレと水処理
Chapter 7 水処理で生じる汚泥の処理
この章では水処理を行なった後に残る「汚泥」の処理についてです。
いわば不要物を濾し取った後の残りカスですが、これらを無駄なく安全に処理するための脱水
過程が重要になります。
ろ過工程で濾し取っただけでは、まだ多量の水分を含んでいるためそれらを除去し、汚泥だけ
の状態にしてから処分工程へと移行していきます。
スラッジの種類と脱水機の使い分け/ろ過室で加圧するフィルタープレス/有機系汚泥に適した真空脱水機/用途が広いベルトプレス/遠心力を利用、遠心脱水機/【コラム】酒のまろやかさと水
Chapter 8 環境と命を守る水処理技術
最終章では、水処理技術と環境規制の関連について説明されています。
水処理は環境保全という使命が課せられていることからも、様々な規制が存在します。
それらはより良い環境を作り出すために有効なもので、時に新技術の誕生を後押しします。
一方で新技術の登場ばかりに期待せず、自然の仕組みをうまく利用することや、資源の再利用
など、有効活用を進めることも、環境保全に寄与する大きな要素でもあります。
環境規制の新たな動向/水のリサイクル①−RO膜の活用/水のリサイクル②−イオン交換樹脂の活用/水のリサイクル③−効果的な光オゾン酸化/水のリサイクル④−シアン含有排水/水のリサイクル⑤−3価クロム化成処理排水/回収・再資源化①−めっきで多用されるニッケル/回収・再資源化②−用途が広いクロム/回収・再資源化③−発電でも注目のバイオガス/具体例①−産廃処理場排水のリサイクル/具体例②−食品工場の排水処理/具体例③−医療用水の製造/汚染土壌と地下水の浄化/天然の蒸留水、雨水の利用/水資源有効利用に効果、中水道/【コラム】排水リサイクルのためのポイント10
全体の総括・感想
温泉の水質管理や衛生管理のための消毒設備を設計施工する仕事をしていた時に、消毒による
殺菌で規定値以下の細菌数に抑えればいいのではなく、いかに安全でかつ浴感を快適に保つか
のバランスを追求していました。
温泉では源泉の違い、地下水・井水では水質の違いによりそのアプローチは異なってきますが、
例えば塩素による消毒を行う際に想定されるリスクや有毒性を評価し、どこまでなら許容して
入浴や利用ができるのかを数値や実際に浴用に供した際の感覚も交えて決めていきました。
そうしたプロセスの中で、本書の項目ごとの説明とイラストを用いたイメージの想起は、実践
の現場でのスムーズな理解を助けてもらいました。
また、水処理に関する全般的な知識がまだ未熟であった時には、「Chapter 2 水処理のキーワ
ード」を適宜参照し、辞書代わりにも活用させていただきました。
一見すると初学者向けのレベルの低い本だと思われがちですが、基本的事項を誤解なく理解し
自分のものとするためには、見やすくて参照しやすいこの形がとても役立ちました。


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