水質管理の第一人者が研究の集大成として完成させた本
本書は水質研究の第一人者、鈴木静夫氏が定年退職を機にこれまでに積み上げた研究成果を
社会に還元するために残そうとまとめられた、まさに「水の環境科学」と言うにふさわしい、
テキスト的な一冊となります。
その内容は「水環境」をキーワードとして、水環境の歴史、化学、生物、環境保全と大きく
4つの領域についての研究成果のまとめです。
著者が30年に渡って研究や学生指導を継続し、そこから生まれた237編の論文を元に書かれて
いると言うことです。
記述内容の信憑性やその深さは、この膨大な論文によって担保されていると言えるものです。
著者について
本書の初版が1993年4月とかなり古い本で、インターネットがまだ今ほど一般に普及して
いない時代だったせいか、情報がとても少ない方でした。
1994年にすでに鬼籍に入られており、著書も2020年4月現在Amazonで入手できるのは
本書を含めて三冊のみ(『大気の環境科学』『水辺の科学』いずれも内田老鶴圃)です。
著者略歴
鈴木 静夫(すずき しずお)
1932年 群馬県に生まれる
1960年 東京教育大学大学院博士課程修了
1960年 東京理科大学薬学部助手
1966年 東京理科大学助教授
1974年 東京理科大学教授
1994年 歿
専攻分野 環境衛生学主著作
日本の湖沼
湿原の生態学
葛飾の自然
奥日光の自然を訪ねて
工業用水処理
大気の環境科学
水辺の科学-本書「著者略歴」より引用-
本書の内容について
本書は前述のように水環境にまつわる歴史、化学、生物、環境保全の4つの大分野についての
研究成果が記載されており、最終章(5章)に参考資料が記載されています。
論文を元に書かれた研究所という印象ですが、一読すると面白い水環境の読み物としても活用
できる性質の本で、私も水処理の仕事に従事していた時にはその基礎知識を深めるのに役立ち
ました。
以下、教科書的な性格が強く内容の列挙という形になりますが、各章を概観していきます。
水環境の歴史
本書第1章は、戦後日本における水環境が経済発展に伴ってどのように変化してきたのかを
概観しています。
まず「産業の発展の時代」として昭和30年〜44年の期間について述べられ、まだ環境保全と
いう考え方がなかった時代であり、汚染物質がそのまま河川に流れ出て見る見るうちに汚染が
進んでいく様が説明されています。
続く次の時代、「公害の時代」として昭和45年〜60年の期間では、経済的豊かさと引き換え
に失った環境が問題となります。ここでやっと環境汚染が「公害」であると認識されます。
そして対策を行ない、徐々に元の状態に近づきつつあるのが「環境の時代」で昭和60年以降の
ことになります。
本書発行からすでに30年近くが経過しているせいもあり、現在ではかなり水環境は改善され、
都市部の河川にも生き物が戻ってきたりする状況が確認できます。
しかし本書発行時の環境は、未だ環境改善がスタートしたばかりの時代であり、これから環境
問題に対して責任を持地、リーダーシップを取っていくことが大切であることが説かれます。
結果として世界的に環境は改善されてきていることを見ると、著者が願っていた環境問題の
改善は、かなりの程度で達成できていると言えそうです。
こうした教訓や研究成果を生かし、未来に向けても環境維持、改善を続け、より良い環境の
実現に向けて努力してくことが必要ですね。
水環境の化学
第2章では水環境の化学というテーマで、主に「汚染」についての記述がされています。
水環境の化学(水道水、地下水、河川、湖沼、工業用水、プール)、排水の化学(工場排水、
家庭排水、し尿排水、産業廃棄物による汚染)、環境汚染物質(河川の重金属汚染、河川の有
機塩素化合物、多環芳香族炭化水素、PCB汚染、ダイオキシン、光による物質の変換、し尿汚
染の指標)という小テーマについても詳しく述べられています。
本章では特に、「水環境の化学」において、主に自然環境にある水(地下水、河川、湖沼)の
内容は温泉の水質管理や消毒に、人工的に管理されがちな水(水道水、地下水、プール)に
ついてのアプローチは屋内の浴槽水(お風呂やプール)での水質管理や消毒に大いに役立つ
知見を得ることができました。
水環境と生物
第3章の「水環境と生物」では、「河川」「湖沼」の生物についての汚染と生物の関係性や、
カビについての考察、汚染指標などについての記述が続きます。
環境汚染というのは、人間の活動によってもたらされた特異な物質が環境に入り込むことを
言いますが、それでも環境に適した生き物が残って増えていくというのが、生命の力強さを
感じずにはいられません。
とは言っても、人間が勝手に環境を変えてしまうのは良いことではないでしょうね。
水環境の保全
第4章の「水環境の保全」では、これまでに述べてきた水環境への影響を、今度は環境側から
見た分析方法や評価、現状把握方法などについて述べていきます。
また環境負荷を減らして極力環境への影響を少なくして排水等を放出する方法も検討され、
本書の研究成果が社会へ最も還元されうる内容になっています。
このような研究は、著者が研究を始めた頃には国や地方公共団地も全く関心が無く、環境が
汚れるに任されていたとのことです。
そういうことを思えば、本書のような研究が世界的な環境保全へと繋がっていたのは、本当に
素晴らしい業績だと言えます。
参考資料
最終章の「参考資料」では、本書の各テーマを記述する際に参考とした文献が挙げられ、
さらに詳しく研究したい場合や独自に勉強したい場合に非常に役立つリストです。
「湖沼の微生物」「河川の汚濁」「工業用水の処理と管理」「工場排水の処理」「飲料水の
化学と毒性」「環境トキシコロジー」、その他の資料について、それぞれ列記されています。
まとめ
岩波書店のツイートで、「芋づる式読書MAP」というものが時折流れてきます。
これは読書家にとっては嬉しくもあり悩みの種でもあるものですが、ある一つの本(テーマ)
を読み進める過程で、さらに詳しく知りたいことや関連事項が次々と、それこそ芋づる式に
出てくることがあります。
本書のような研究書では特に、巻末に「参考文献」「参考資料」として膨大な文献が紹介され
ていることが多く、そこから芋づる式に本を買い求めてしまうという現象が起こります。
まさにこの本でもそうで、「水の消毒」について深めたいと思った結果として入手した本でも
あります。
そしてまた本書から発展する参考文献。
まさに学問の発展や、勉強すればするほど自分は無知であることを悟るということが起こる、
読書や研究の醍醐味であるとも言えるものです。
本書でもそうですが他の興味のある分野でも、興味の湧いた分野については徹底的に深めて、
その分野の専門家であると言えるレベルまで詳しくなってみると、さらに面白く、マニアック
な専門知識で繋がる人脈なども生まれてきます。
そんなディープな世界が垣間見える、マニアックな専門書でありました。


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