草津温泉の社会史 関戸明子 著

温泉本

草津温泉の過去を知ることで今と未来が見える本

ひとことで言ってしまうとまさに「草津温泉の社会史」です。

これだけ見ると、なんの面白みもなさそうな、退屈な歴史記録本かなんて思いますが、
一旦通読してみると(当たり前といえば当たり前なんですが)、
草津温泉が今に至るまでに様々な変遷を経ていることがわかります。

 

草津温泉の過去から現在に至るまでの変遷を、古地図や鳥瞰図、ガイドブック等の様々な資料
を駆使して重層的に考察がなされていて、難しそうに見えるけれど楽しく読めます。

引用する図に描かれる同一の建物や旅館などが、無くなったり増築されたりと、
とても丁寧に追いかけてくれ、それを本文中でも説明してくれています。

草津観光がより味わい深いものになる

今の草津温泉に通じる、歴史的建造物や地名の由来などの歴史を知ることによって、
より深くて濃い、草津観光ができるようになるなあ、という印象を得ました。
旅行者自身のレベルアップというか、文化や歴史に敏感になります。

 

草津温泉周辺の地理を多少は知っているとか、地図を見るのが好きな人は苦もなく読めます。

なぜかというと、本書では昔の地図が出てきますが、方角が違ったり、実際の縮尺や配置とは
異なって描かれていることが多いからです。

かつての地図(観光用の案内図も含む)や鳥瞰図は、今でいう広告の意味合いもあったので、
最新技術や新しい建物などは目立つように大き描かれたりします。

そう言った部分にも注目しながら読み進めていくと、草津温泉自体の歴史を知ることもでき、
かつ古地図や昔の資料を読み解く面白さも感じることができます。

 

さらには当時の旅行者(田山花袋など)の紀行文を引用し、当時の生々しい印象(時間湯で
爛れた状態の湯治客の様子など)が臨場感たっぷりに描かれています。

こうした紀行文による各時代に行きた人物から見た草津温泉像、というものが、
今自分が草津温泉に抱く印象とも重なる部分があったりして、グッと本の中へと
引き込まれていく魅力があります。

根拠に基づいた記述で安心して読める

著者の関戸さんが、とても丁寧に図の中に描かれているものの説明もしてくれています。

学術的研究の意味合いが強い本なので、その内容の正確や根拠、参考文献も直接確認ができる
(国立国会図書館でデジタル公開されている資料もありました)ため、非常に読み応えがあり
草津ファンを自認するならば、1度ならず2度3度と読み返して頭に入れておきたい知識です。

小さい文字がたくさんありますが、それだけ豊富な情報が含まれており根拠も正確に示されて
いるので頑張ってでも読む価値ありです。

著者も言及している通り、草津温泉に関する研究や文献自体は多く存在しています。
それらのバラバラになった情報をつなぎ合わせて、事実を多角的に認識できるように資料を
集め、断片的な情報を事実ごとに整理して考察した、という点が功績として挙げられます。

さらには著者の研究領域やこれまでの知見を生かした、とてもわかりやすい視点を提供して
くれているところが、本書を単なる研究書以上のものに仕上げています。

著者が意図したかは不明ですが、草津温泉ファンにとってはたまらない本になっています。

 

著者について

関戸明子(せきど・あきこ)
1962年、愛知県生まれ
奈良女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻中途退学
群馬大学教育学部教授
専攻は歴史地理学
著書に『近代ツーリズムと温泉』(ナカニシヤ出版)、『村落社会の空間構成と地域変容』(大明堂)、共編著に『近代日本の視覚的経験−絵地図と古写真の世界』(ナカニシヤ出版)、分担執筆に『新・秋山記行』(高志書院)ほか多数

-『草津温泉の社会史』奥付より引用-

群馬大学教育学部教授であり、群馬の歴史文化、背景にも詳しい先生と言えそうです。
本書の他にも、温泉に関する著書や、本書でもたくさん引用して目を楽しませてくれている
絵地図や古写真についての著書もおありです。

そうした専門分野を究めておられるからこその慧眼、これによって草津ファンがより深く
草津を味わうための手がかりを提供してくれていると言えます。

本書の内容について

出版社による解説と目次

まずは本書を出版している青弓社ホームページより、本章の解説と目次を引用します。

本の出版元が解説する内容は一番的を得ていますからね。

有数の温泉地草津は、いまや国外からの観光客が押し寄せる一大スポットになっていて、いろんな国・地域の言葉が飛び交っている。それほど人々を引き付ける魅力とはいったい何なのか、どうやって知名度が上がったのか?

豊かな温泉を生み出す草津白根山の自然や、草津の特色である共同浴場の発展と取り組み、明治から大正・昭和初期、戦後までの人口と就業者の変動、草津温泉のイメージとそれを作るメディアを丹念に調べて、温泉地と観光の形成史を立体的に描き出す。

史料、統計データ、鳥瞰図、地図、紀行文、新聞や雑誌の記事と写真、絵はがきなどの多様な素材を活用して読み解く温泉の歴史。入浴客の男女比、オススメスポットなど豆知識も。

-青弓社ホームページ『草津温泉の社会史』「解説」より引用-

続いて目次です。

どこの章からでも読み始められるようになっているので、気になったところを調べたり、

確認したりするのにも使いやすい構成となっています。

さらに草津観光のお供に持参して、宿で復習するのにも便利です。

序 章 本書のねらいと構成

第1章 草津温泉をめぐる自然と歴史叙述
1 草津白根山の自然史
2 開湯伝説と歴史叙述
コラム 草津白根山の火山災害

第2章 温泉の利用形態と管理方法
1 全国的な源泉開発の動向
2 共同浴場の変遷
3 引湯の技術革新と万代鉱源泉の開発
4 温泉の集中管理の仕組み

第3章 温泉を基盤とする地域社会の形成と変容
1 明治期の温泉地の改良
2 草津電気鉄道の開通と温泉街の変容
3 戦後復興から高原リゾート開発の時代へ
4 バブル景気から今日に至る温泉まちづくり
コラム 国立療養所栗生楽泉園の現在

第4章 旅行者の動向と場所イメージ
1 明治期から昭和初期までの入浴客の動向
2 紀行文に描かれた草津
3 一九五〇年代以降の観光入込客の動向
4 「旅」の記事にみる草津

第5章 描かれた草津/写された草津/格付けされた草津
1 描かれた草津
2 写された草津
3 格付けされた草津

終 章 結びにかえて
1 男性客ばかりの時間湯
2 草津の歴史や文化を味わう

参考文献一覧

あとがき

-青弓社ホームページ『草津温泉の社会史』「目次」より引用-

本書の所感

私は本書を読み始めた時、かなり読了までに時間を要すると思いました。

ページ数としては「あとがき」終了までに219ページといわゆる単行本としては標準的な
数量なのですが、文字が小さくてギッシリ詰まっています。

一日で読むのは無理かなあ、と思っていましたが、引用されている古写真や鳥瞰図、絵はがき
などの資料をちゃんと見せる本文構成て、次が気になり一気に読み終えてしまいました。

ただし、時代の違う同一視点の写真を行ったり来たりして見比べたりしていたので、時間は
かかりました(6時間くらい)。

読むときはスマホを傍らに

聞いたことのある旅館名や知っている地名、名前は知っているけれど実際はどこにあるのかが
怪しい名勝なども、傍らにスマホを置いて、都度調べながらの読書でした。

群馬の中でもマイナーだった六合村(くにむら、と読みます。現 中之条町)が、明治後に合併
した大きな草津町から分離した6つの集落だったということや、今や一部の駅舎や碑が残る
のみとなった「草軽電気鉄道」についての言及も、とても興味深く読めました。

資料自体は探せばあるのでしょうが、先述したように資料が分散していたりして、なかなか
自分で調べられなかったことについても、すっきりと整理して理解することができました。

おまけに、大正〜昭和初期にかけては、群馬県内でも鉄道がかなりあったということも知り、
草津のみならず、群馬という広い範囲への興味を掘り起こされたということもあります。

これらの感想は一部ですが、他にも過去の源泉利用から現在に至る変遷や、明治以前から続く
旅館、経営者が変わったが経営は続いている旅館、一目立つが草津土着の資本ではないホテル
などなど、これからの草津をもっとディープに味わうための知識が満載です。

今後、泊まるならこの宿

ただ快適なだけの草津温泉の旅行なんて、もう卒業です。
古き良き湯治の文化をその肌で感じるには、歴史を重ねた老舗が一番。

現在まで変わらず(名称は「宿 湯本安兵衛」から変更)続いている唯一の宿が
日新館」です。

ずっと続いていて歴史が長いこともあり、宿泊した著名人が残した美術品や昔の道具類が見ら
れます(日新館ぎゃらりい)。

このほかの江戸時代からの大きな宿は、明治時代の大火などの影響で没落していきました。

その後に経営交代や新興勢力の参入などいろいろあって、今でも泊まれる老舗旅館で、
湯畑まわりにあるのは、「山本館」「一井」「望雲館」「大坂屋」「大東館」「奈良屋」等と
言ったハイクラスな旅館。

本書ではたくさんの旅館が出てきて、名前が変わったり分割されたりと複雑な説明があります
が、草津温泉ファンとして一度は泊まっておきたいのはこれら老舗旅館です。

 

江戸時代から明治初期までは、山本館がもっとも力を持っていた(大きくて収容人数も多い)
そうですが、大火でほぼ焼けてしまい、その修繕費用の借金などで没落、
経営の交代や、分割(今の山本館と奈良屋、そして今は亡き桐山館)され今に至ります。

山本館、奈良屋は高級旅館として残っていますが、桐山館は、2000年頃にはゲームセンター
KIRIYAMA、2020年現在はセブンイレブンになっているとのことです。
時間の流れは残酷ですね。

とはいえ分割されてもいまだに高級旅館として残っている2つの旅館は、元の山本館が
相当大きかったということの証でしょうか。

 

山本館」については、建物そのものが登録有形文化財になったと言います。

建物自体の古さで言ったら、ここが一番でしょうか。

一度、明治時代に大火で焼けて、その後復興、その時の建物が大正時代に作られて、そのまま
残っています。だからエレベーターとかありません。
そして湯畑の真横です。もう泊まるしかないです。

 

この他もただ泊まるだけでは勿体無いレベルの老舗旅館がたくさんあります。
大東館」 「大阪屋」「望雲館(現在は「望雲」)」「一井館(現在は「ホテル一井」)と
いうような、かなり気合の入った宿です。じゃらんではハイクラスになりますね。

それもそのはずで、昔から「1等」(一時的に変動したりはしますが)の旅館として営業し
続けていましたし、草津温泉の発展についても主導してきた旅館です。

やはり高級である理由があって、それは重厚な歴史に触れることができ、また自分がその一端
に関わることができることです。
これはほかの温泉地ではなかなか味わえない、草津ならではの特徴です。

各旅館・ホテル名には、公式ホームページのリンクを貼ってあります。
これらの宿はじゃらんとかではなく、直接、宿のホームページをじっくり見ていただいて、
そして泊まるところを決めてほしいですね。

本書をオススメする人

断然、草津温泉ファンのみなさんです。

温泉ファンとしても、草津温泉のこのユニークな歴史を知ってしまったら、
もう泊まらずには入られません。

書評まとめ

本書は草津温泉の社会史ということで、温泉が話題の中心ではありますが、
温泉を取り巻く環境や、来客数増加に向けた施策、リゾートマンションの乱造やバブル期の
スキー場設営などについても言及されています。

交通の便がほかの首都圏近傍温泉地(熱海、箱根、伊香保など)に比べて以上に悪かったため
大規模団体旅行客の受け入れ専用温泉地にならなかったということも、今の草津温泉がある
ためには重要な要素でした。

ほかの温泉地との比較をする際にも、本書は草津温泉の基本的データとして引用ができます。

そして本書執筆にあたっての参考文献ももちろん網羅されていますから、情報のソースに直接
当たることもできます。

そうした意味で、本書は単なる草津ファンに向けた本であるだけでなく、貴重な調査研究の
成果として後世に残すべきものと思います。

 

歴史が深いと言っても、万人にそうした老舗が合うわけではありません。
草津温泉を世界に紹介したベルツ博士も、熱湯風呂なんか入らないでもっとヨーロッパで
やるような総合的な高原療養を展開するべきだなどと言っていたそうです。

現在、そうした施設も外周道路周辺にはできていますし、今の時代にマッチした、温泉と断食
やマクロビを組み合わせた健康法を実践できる宿もできてきています。

また、交通手段の発達によって日帰り客も増加し、日帰り入浴施設も充実してきました。
これらは草津温泉が、「湯治場」であったことを生かした結果と、旅行者の意識が少人数で、
ゆったり過ごす方向へシフトしてきたからとも言えます。

広く湯治客を受け入れてきた歴史があり、それを連続的に引き継いでいるからこそ、
他の温泉地が自らのアイデンティティを見失う中にあっても、草津温泉は確固とした自分を
持ち続け、
そして努力が結実して【17年連続1位 「第33回にっぽんの温泉100選」】という
目に見えるものになってきたということです。

色々難しく考えがちですが、とりあえず湯畑源泉と白旗源泉が引かれている旅館に泊まり、
湯治客がそうしたように草津のお湯をじっくり味わっていきましょう。

源頼朝が座った石のあったところの温泉(御座の湯)に入るもよし、もともと御座の湯が
あったところの源泉(白旗の湯、源氏は白い旗だから)に入るもよしです。

ただお湯に入るのでなく、凄まじい熱さに耐えるときに、1000年近くもの間、多くの人が
同じように熱さに耐えてきたんだと思いながら入ればまた格別の温泉となるでしょう。

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