温泉の未来 松田忠徳・阿岸祐幸・大河内正一・甘露寺泰雄 著

温泉本

温泉の本質を追求し、未来の温泉のあり方を模索する書

2005年1月31日初版発行当時の、異なる分野から温泉研究にアプローチしていた4名が、
温泉の本質、安全性の確保と温泉の効果、これからの温泉についてなど、
いわゆる「ホンモノの温泉」を維持・発展させていくための座談会を記録した本です。

さすが温泉研究の最前線にいる方々であるだけに、お気に入りの温泉を紹介する部分での
チョイスが非常にシブい。その選択にやはり「ホンモノ」はわかるものだなあと言う印象。

温泉を救うのは誰か?

今となっては記憶も薄れつつありますが、長野県白骨温泉で入浴剤が使われていた、と言う
事件がありました。温泉好きでなくてもニュース等でご存知かと思います。

白骨温泉だけでなく、私の地元・群馬でも、伊香保温泉で水道水を沸かして温泉と名乗った
と言う事例もあります。

こうした「温泉」のあり方がないがしろにされている状況について、専門家・愛好家として、
警鐘を鳴らさんとするのがこの本の目的のようです。

本の帯にもありますように、

温泉を救うのは誰か?
入浴剤、水道水…一連の「温泉偽装」は
単なる詐欺事件に過ぎない。
いま見逃してはならならい根本的な問題とは何か。
その認識を持たずして、温泉の未来は語れない。

-「温泉の未来」表紙の帯より引用-

本書では、温泉偽装に代表されるような「温泉のあり方」の軽視が生まれた背景を、
”ザル法”である温泉法や行政の温泉理解の無さによる過剰な消毒規制、
消費者の意識の低さと、それに伴う温泉旅館経営者の衛生管理への意識の欠如など
に求めています。

こうした温泉そのものの軽視は、戦後の団体旅行ブームへの対応や大規模温泉施設の運営に
合わせた合流配湯方式、外湯(共同浴場)の廃止と内湯方式への転換、際限ない源泉の掘削
などの複合的な要素によって引き起こされているという危機感の共有がなされています。

悪貨が良貨を駆逐する、とも言われるように、現在の温泉についても悪湯が良湯を駆逐しつつ
ある状況だと言えます。

塩素消毒は温泉を「温泉以外の何か」に変えてしまう

本書を通じて特に問題とされていること、現在のホンモノの温泉の息の根を止めかねない問題
として提起されているのは、塩素注入による浴槽水の消毒の義務化についてです。

道後温泉での塩素注入で、行政担当者は温泉の成分に変化はない、という報告をしています。
それはこの温泉は、塩素と反応・結合する溶存物質が少ない泉質だからであり、それがそのまま
影響がない、ということではないと著者たちは主張します。

その根拠として提示される指標が、酸化還元電位(ORP:Oxidation-Reduction Potential)
と言われるものです。

これは電位の大きさによって、対象となる水が、酸化系(酸素が結合している状態、老化を
促進)なのか、還元系(酸素が足りない状態、老化を防ぐ)なのかを判定する基準です。

これによると、全ての湧出したばかりの温泉は共通して還元系の特徴を持つ、という発見が
なされています。還元性の故に身体の酸化が抑制されるということです。

ORPで判定する場合、先述の道後温泉での塩素注入は、明らかに温泉水を酸化系へと変化
させていることが判明しました。

その他、塩素注入が行われている有馬温泉を始めその他の温泉でも、元々還元系であった源泉
が、塩素の注入によって酸化系に変化することが明らかになっています。

このことから、温泉の本来の性質(健康になるとか、癒しが得られるなど)を得るためには、
塩素注入以外の方法で衛生管理をすべきである、と提言していきます。
ただし、塩素注入が絶対悪であるわけではなくて、塩素注入が必要な場合もあるとします。

例えば現在の大量の人が入浴するスーパー銭湯や大規模旅館の大浴場などは、湯量の不足から
循環していたり、毎日の掃除が難しいために、レジオネラ属菌に代表される人体に有害な細菌
の温床となります。
そういった場では、温泉の果たす役割としても湯治的なものよりも、レジャー的要素が強いため、
温泉の効果よりも安全性を優先すべきだとも主張しています。

温泉の未来について

今の温泉は、「温泉法」に基づいた法律上の温泉に過ぎません。

ドイツなど温泉がある諸外国では、泉質ごとの適応症についての医学的研究が進んでおり、
エビデンスを持って明確に対応する症状が定められています。
温泉療養が健康保険適用ともなっているのです。

そうした厳密な運用がなされているためか、自分の所有する土地だからといって自由に
源泉の掘削ができないようになっています。日本のように掘削し過ぎて湧出量の減少や
泉質の変化が起こってはまずいからです。

日本の源泉は、城崎温泉の三木屋が内湯を作り始めた頃から、個人財産のような扱いと
なってしまいました。源泉管理も各旅館への配湯の都合から、複数の源泉を合流させ、
それをタンクに貯めた上で配分する方式へと変わりました。

伝統的に身近な存在であった温泉は、あまりに身近過ぎ、そして利用に関しては自然の
産出となるために、あまり深く考えられてこなかった経緯があります。
その結果として、源泉枯渇や泉質の変化に端を発する問題が噴出しています。

温泉の本来の性質を備えた温泉が危機的状況にある現在、源泉の質にまでこだわる人が
少ないのも問題です。これによって、まがい物の温泉もどきが大量に生まれています。

それは温泉の本質がなんであるかを深く考えたことがないという歴史的な経緯と、
温泉の本質が一体なんなのか、感覚的にしかわかっていないからです。

本物の温泉を残すために

私たちが伝統的に受けつでいてきた素晴らしい温泉や温泉文化を、未来の世代にも

引き継いでいくためには、一人でも多くの温泉ファンが、ホンモノの温泉について
知ろうとすることが大切になってきます。

温泉旅館に予約をするとき、
「お宅は源泉ですか、それとも「温泉」ですか?」
「本当に本物の温泉が使われていますか?」
などと聞いていくことが重要です。これによって温泉旅館側は、温泉の質にこだわる事が
集客に繋がると理解し、これまでのような温泉偽装を抑止する力となっていくのです。

この本をオススメする人

ホンモノの温泉を味わいたいと思うなら一読の価値ありです。

スーパー銭湯とか日帰り温泉が塩素臭くてイヤだなあ、と思ったら、
なんでそんなに塩素がたくさん入っているのかの理由もわかります。
温泉の本質を備えた温泉がお好きならば、ぜひ読んで頂きたい一冊。

 

書評まとめ

2005年の本と言う事でやや古いのですが、この本で触れている通り、
儲かる都会での温泉掘削がどんどん増えています。
そしてまがい物の「温泉」が乱立している状況になっています。

本書出版時よりもホンモノの温泉を取り巻く状況は厳しくなっている感覚ですが、
熱海の大湯など、昔ながらの源泉を生かす動きも出てきました。

一方で、草津温泉の時間湯廃止(正確には湯長の廃止)などの、伝統に逆行する
悲しい事例も散見されます。

ホンモノの温泉の素晴らしさ、パワー溢れる源泉近くのかけ流し風呂のすごさが
もっと広く知れ渡って欲しいと思うとともに、自分にもできることを少しずつ、
やって行こうと思う読後感となりました。

もっと温泉研究の専門家が増えないと、本当に温泉文化もろとも無くなりそうです。

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