生きている温泉とは何か −身体にやさしい生体に近い水を検証する− 大河内正一 著

温泉本

塩素入りの温泉ってどうなのよ

本書を手に取るきっかけとなったのは、「天然温泉」と銘打っている都市部に増えている
日帰り入浴施設での体験から。

不特定多数の人が1日に何百人も入る公共浴場だから、プールと同様に塩素消毒は当たり前。

そんな風に思っていたのですが、温泉に入っているのにプールみたいに髪が傷んだり、
目が充血したりとなんか違和感があったのがきっかけです。

天然温泉で癒される、と言うのは必ずしも温泉の効能だけではありませんが、温泉の質に
こだわりたいと言う人にとっては、本書が提示する「酸化系」「還元系」の視点は、とても
有意義なものになるでしょう。

生きている温泉=還元系の温泉

この本は、酸化還元電位(ORP)を用いた判別法によって温泉が生きているかどうか、
つまり”酸化系”なのか”還元系”なのかを判断する方法を提示しています。

塩素による画一的な温泉水の殺菌が半ば強制される中で、塩素殺菌による温泉の持つ効果が
維持/喪失しているのかを数値的に明らかにできたことが本書のすごいところ。

全ての温泉は本来「還元系」なのに、殺菌のために塩素を添加することで
酸化力を持った温泉、つまり「酸化系」となってしまう。
これは温泉が”老化”した状態とも言えます。

とは言え、塩素殺菌には安全性の確保や衛生的な温泉を維持する上ではとても重要であり、
場合によっては条例等で塩素添加を取り決めているケースもあります。

そこで本書では、本来の温泉である「生きている温泉」の再現方法として、塩素によって
酸化系になった温泉を還元系に回復する方法も提案しています。

著者は”水”に関するスペシャリスト

大河内正一(おおこうち しょういち)

1949年生まれ。1976年法政大学大学院工学研究科修士課程修了。同年法政大学助手を経て、現在法政大学工学部物質化学科教授(工学博士)。専門は水科学の研究で、”水”の分子・原子レベルの基礎研究から、食品、飲料水、アルコールの熟成に係わる水、さらに血液や尿などの体内の水や温泉水について、応用も含めて幅広く”水”に関する研究を行なっている。具体的な応用研究では、我々の生体に類似した水として、”生体水”を提案し、それらの水が人工温泉水や食品および飲料水、さらにはスキンケアなどの水として幅広く応用であることを提案している。また、燃料電池と組み合わせた21世紀期待の人工炭酸泉システムの開発を検討しているところである。
著書(共同執筆)に「機能水の科学と利用技術」(ウォーターサイエンス研究会)、「生物・環境産業のための非熱プロセス事典」(サイエンスフォーラム)など。

-本書【著者略歴】より引用-

本書の初版が2003年11月1日で、発行当時の略歴がこのようになります。
主な著作としてはこの他にも、「温泉の未来」や「水・温泉水のお話し」といった、源泉から
湧出したばかりの新鮮な温泉の性質について記述する本があります(2020年3月現在)。

温泉に限らずあらゆる”水”の性質を研究されている方なので、生体への影響も含めた温泉水の
評価と言う点では、まさに専門家です。

 

「生きている温泉」=「生体に近い水」を検証する

本書は4つの章立てに別れており、第1章では温泉の酸化還元電位(以下、ORP)から温泉の
状態を評価する方法を検証します。

続く第2章では、生理学的に効能が明らかであるとされる温泉(炭酸泉)について検証し、
第3章では、生体を構成する水(”生体水”と本書では呼びます)や食品、飲料水のORPを
測定して、その比較から”生体水”が満たす状態を決定します。

これらの測定結果および検証結果を踏まえた上で、”生体水”および温泉源泉の特性を持つ
水の人工的な製造方法の開発へと続いていきます。

ORPで温泉を調べる−温泉と皮膚のエージング評価−

第1章では、まず温泉とは本来(源泉から湧き出した後のまま)の状態がどういったものか、
温泉の定義(温泉法による)などを交えて説明していきます。

この温泉法の定義の受け止め方によっては、海水も温泉の範疇に入りうるとした上で、
そうした水がどういったORP分布を示すのかを検証していきます。

本章ではORPの値を用いて、温泉が酸化系の性質(物質を酸化=老化させる)を持つことが
温泉の老化であるとして、そうした温泉に浸かることで人間の皮膚に対しても老化(=酸化)
させる方向へ働きかけていることが示されています。

また、古くから薬湯として用いられてきた菖蒲や柚子、ハーブ湯のお風呂のORPと、
一般的に市販されている入浴剤を入れたお風呂のORPを比較しています。

入浴剤などは家庭のお風呂で温泉を擬似的に体験するためにあるもの、と言うイメージが
ありましたが、ORPと言う視点からの評価では、源泉から湧き出した温泉と同等の効果を
期待することはできない、と結論づけられます(水道水の塩素の影響)。

 

時期 材料 効果
1月 血行促進、リラックス
2月 大根 発汗作用、血行促進
3月 血行促進、抗菌
4月 消炎作用、打ち身
5月 菖蒲 血行促進、保温
6月 ドクダミ 強い抗菌作用
7月 桃の葉 消炎作用、あせも
8月 薄荷 血行促進、発汗を抑制
9月 血行促進、保温
10月 生姜 抗菌作用、血行促進
11月 蜜柑 血行促進、保温
12月 柚子 血行促進、保温

−本書P31【図表25 薬湯(季節湯)の効能】より引用−

比較的やりやすい薬湯というと「柚子湯」あたりを思い浮かべますがどうでしょう?
丸ごと柚子の実をお風呂に浮かべるのが雰囲気もあって良さそうですが、
ゆずパウダー トキワのお茶パック 糸付タイプ M(50枚入) に入れてお風呂に浮かべれば
使う分だけお茶パックに入れて柚子湯ができるのでオススメ…というか自己流ですが。

 

なんにせよ、自然のものを溶かすと塩素と反応して還元系に戻してくれるような感じです。
お手軽にそういう入浴剤があればいいのに、と思いますが、温泉も老化(=酸化)することを
考えると、日持ちする入浴剤では実現し得ないのかなあ…と諦めるしかなさそうです。

「生きている温泉」とは?まとめ

本書の主題である「生きている温泉とは何か」についてまとめると、

(1)温泉の本質は還元性であり、時々刻々とエージングが進む
(2)ORPの測定で温泉のエージング(老化)の数値化が可能に
(3)人間の皮膚は温泉と同じ還元系にある
(4)温泉の新たな効能として、皮膚の酸化、老化抑制または予防の効果が期待できる
(5)水道水を用いる家庭の浴槽では、市販入浴剤を加えても温泉の代用にはならない
(6)還元系の温泉水に塩素などの酸化系殺菌剤を使用することは、温泉を殺すことに等しい

-「生きている温泉とは何か」38ページより引用-

これらのことから、あらゆる温泉(本質的な効能を維持しているもの)に共通の性質として、
アンチエージングの効果(還元系の性質)が認められます。

また、塩素系の殺菌剤のように酸化力を持って殺菌する薬剤の投入により、温泉の還元系の
性質と衝突し、温泉を酸化系へと変化させてしまいます。

温泉が還元系であると言うことは、酸化力のある塩素を分解してしまう余地があると言う事。
塩素による殺菌効果を期待するなら、温泉は必然的に酸化系である必要が出てきます。

殺菌はできるが私たちの皮膚までダメージを受ける(殺菌力がある=生体にとっては厳しい)
と言う事ができます。

生理学的に効能が明らかな温泉、炭酸泉

第2章では、生理学的に効能が明らかで、すでに医療分野でも活用されている「炭酸泉」に
ついての検証となります。

炭酸泉は水素イオン濃度(pH)は酸性に傾く性質があり、「酸性」と言う言葉が「酸化性」に
紐づけられそうです。しかし天然の温泉は、源泉から湧き出したばかりの時は全て還元性で、
水素イオン濃度(酸性かアルカリ性か)に関わらず、アンチエージング効果が見られます。

さらに、温泉水中に溶け込んでいる炭酸(二酸化炭素)によって、温度が低くても血流の増大
が見られることがわかっています。

低温でも血流改善効果が大きい炭酸泉

さら湯42℃と同等の血流改善効果が、34℃の炭酸泉で得られると言う研究結果もあります。
それゆえに心臓への負担が掛からず、炭酸泉は古くから「心臓の湯」とも言われています。

このように医療分野でも効能が明らかになっている泉質のため、人工的に高濃度炭酸泉を
作る装置があります。スーパー銭湯などでもよく見かけますね。

炭酸泉は低温でも血流が増加(体が温まる)するのですが、高温になると炭酸が抜けやすく
なってしまいます。そのためスーパー銭湯では36〜38℃で運用することが多いです。
この温度帯は人間の体温とほぼ同じで、不感温浴ができる温度になります。

このように体に負担をかけずに血流増大効果が期待できる炭酸泉ですが、水道水を使って
人工的に高濃度炭酸泉を作っても酸化系のままとなります。

さらには、炭酸が抜けないように温度を低く保つ(42℃などの高温では炭酸が抜けやすく
なってしまう)ため、浴場での大問題であるレジオネラ属菌の至適増殖温度とも重なります。

浴場におけるレジオネラ属菌の検出は営業停止に直結する事案ですから、塩素の大量注入が
行われることになります。

還元系の人工炭酸泉を作る

このように酸化系の性質にならざるを得ない人工炭酸泉ですが、天然の炭酸泉のように、
還元系でかつ炭酸泉である水を作り出す方法も、本書では触れられています。

家庭用コージェネレーションシステムを活用し、燃料改質を行う(燃料電池の考え方)方法で
炭化水素である燃料を水と反応させて、水素と二酸化炭素を発生させると言うものです。

ここで水素は水のpH調整に利用(後述の、電解陽極水への添加)し、二酸化炭素は炭酸泉と
するために浴槽水へ溶解させるために使います。

理論上はこれで家庭でも還元系の人工炭酸泉が実現できそうですが、現状においてそういった
システムが実用化されていないとなると、コスト面や安全性で問題があるのかもしれません。

新しい考え方による”生体水”について

これまでの章で温泉は還元系であること、私たちの皮膚も還元系であることがわかりました。

ここで、身体と深く関わる身近な水(血液や唾液、食品や飲料水)についてもORPを測定し、
生体にとって望ましい新たな考えである”生体水”の提案を試みます。

本章では、生体関連の水、食品、飲料水についてORPを測定し、その結果として得られた
還元系であるいう共通事項とpH値を考慮して、生体水の範囲を決定しました。

”生体水”の性質として、まず還元系であること、そして弱酸性から弱アルカリ性の範囲にある
ことが求められます。

これは生物が酸素のない嫌気的還元系の環境から発生した歴史に関わるもので、その後酸素を
活用して膨大なエネルギーを産み出す過程で、自らの身体を酸化から守るために体内に還元系
の環境を残したのではないかと考えられる、と言うことでした。

 

”生体水”および温泉源泉の特性を持つ水の製造 −新しい水−

第4章では、これまでの調査・測定結果から明らかになった”生体水”の性質を持った水を、再現
する方法の検証に移っていきます。

日常的に使う水として水道水がありますが、これは衛生確保の観点から塩素を含むように法律
で決められています。

そこで本書では「塩素が含まれている=酸化系の水」を還元系に変化させる方法として、
電気分解を利用した方法が提案されています。

水を電気分解すると、電解陰極水(還元系)と電解陽極水(酸化系)ができます。
これらのうち、酸化系の電解陽極水へより酸性となる物質を溶かし込み、pHを酸性化します。

その後、この酸性化した陽極水と陰極水を混ぜ合わせると、元の中性付近のpHに戻ると同時に
還元系へと変化している”生体水”が再現できる、と言う方法が提案されています。

この方法を応用することで、塩素で殺菌した温泉を、元の還元系に戻すことも可能なのでは、
と言う提言もなされていますが、現行の法律では浴槽水中の塩素濃度を保つことが求められる
ため、私たちは塩素を含む酸化系のお風呂に入らざるを得ないと言うことになります。

 

温泉そのものの効果が欲しければ還元性の温泉へ(感想)

本書を読み進めていくうちに、温泉が本来還元性であると言うことからも、地球の一部である
と言う認識が生まれてきました。

衛生的な環境を維持するために公共浴場では塩素の添加が義務化されていますが、細菌類が
繁殖すると言うことは生物にとっては快適な状態だとも言えます。

塩素による殺菌が人間に望ましくない影響を与えることは、そもそも殺菌という行為からも
予想ができることです。

広く温泉や銭湯の浴槽に塩素が添加されるようになったきっかけは、ある入浴施設での
集団レジオネラ感染によるものでした。

この施設に限りませんが、浴槽水の循環ろ過を行なっている施設では、レジオネラ属菌や
大腸菌という細菌類の繁殖が、大きなリスクと言われています。

しかし本来は、掛け流し(源泉から引いたお湯をそのまま湯船に流しっぱなしにする)こそが
自然の様々な菌類やゴミ、増える入浴客の汚れなどで不衛生であると言われていました。

そこで衛生を保つために循環ろ過システムおよび塩素消毒が行われるようになっています。

現在では、掛け流しだろうと何だろうと、とにかく不特定多数の人が入る風呂には、塩素消毒
をしなければならない、という保健所の指導が入るようです(一部泉質を除く)。

本書の表現を借りれば「温泉を殺す」ことになる行為がなされている現状ですが、それでも
やっぱり「生きている温泉」の素晴らしさは、細菌類のリスクを押してでも味わいたいと思う
のが、温泉マニアたる所以なのでしょうね。

生きている温泉がこれからも継続していくように、温泉ファンとしては積極的にそうした施設
を利用していきたいと思うのでした。

 

本書のまとめとして。生き物は還元系が嬉しい。

温泉の本質とは「還元系」であるということ。

塩素殺菌されて酸化系となっているものも、施設や食事などの質が高度であれば癒しは
得られます。

しかしながら温泉そのもの、古来より温泉に人々が求めてきた効能というのは、
本質的な性質である「還元系」に他なりません。
肌感覚としてわかるものだから、やっぱり昔からなんとなくわかっていたのかもしれません。

そこで、本書には言及がありませんでしたが、本書の考え方を活用して家庭で還元系の
お風呂を作ればいいじゃないかということもできます。

古くからの知恵というのは偉大ですね。季節ごとの薬湯にも、ORPという観点から見ると
きちんと還元系となる効果があることがわかります。
まずは自分の家のお風呂から、還元系に変えてみるのもいいかもしれませんね。

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